英語アレルギーの症状

代表的な症例をあげる。


知的怠惰症。


「英語の活字を読むなんてかったるくって」

活字(恐怖)アレルギー。


「活字恐怖症っていうのかな、受験時代を思い出してさ。また長文解釈かって感じ・・・」


語彙アレルギー。


「まず、単語を増やしてからだね。単語力がなきゃ読めないもんね」


集中力アレルギー。


「私って集中力ないのよね。英語を読んでいるうちに、すぐに他のことを考えちゃうの」


文法アレルギー。


「英語ってのは話すもんだろう。話せばカッコいいだろう。それにさ、読むっていうのは地味じゃん・・・。


文法のことを考えただけで、鳥肌が立ったり、アレルギー反応が起きるんだ。こういうのを文法アレルギーっていうのかなあ」


・・・こういう病気は治さなくてはならない。


活字が恐ろしい人には、活字に近づかせたい。


前回の続き

前回の続きです。例を挙げようと思います。


知人はあるテレビ局からタクシーを拾った。


そのとききわめて不快だった私は、運転手氏に「今、ぼく気分が悪いんですよ。テレビに出たばかりなんですけど、私は半日も費やして結局十五秒くらいしか発言できなかったからなんです」とカタルシス(感情の吐露)をした。


その日知人は教育プログラムの座談会に出た。


ほかの先生はすらすら話すのに、彼はどの瞬間に割り込んで発言してよいかわからず、あせるばかりで発言できない自分がみじめであった。


時間切れ直前に司会者が水を向けてくれたので、すべり込みセーフで、ひとこと発言するのがやっとでした。


さてこの場合は「テレビに出なければ食えないわけではない」「テレビで発言できないからといって人生が行き詰まりというわけではない」「テレビで流暢に話せたらそれにこしたことはない」といった具合に、自分を慰めるビリーフを考え出すことはできる。


しかし、そんな気休めは自分を甘やかすだけです。


そこで彼はこう考えました。


「テレビで上手に話せるようになるまで不快に耐えて、何回でも引き受けよう。そして上手になったら出演をやめよう」と。

こんなパターンもあります

考え方を変えさえすればよいと断じてしまうと、問題との対決を避け精神主義に逃げ込むことになります。


心頭を滅却すれば火もまた涼しと同じ結果になります。


心頭を滅却するより考え方を変えるよりもバケツで水をかけた方がより効果的ではないか、と言いたいのです。


具体的に行動を起こすことを面倒がって、心のなかの文章記述の修正だけに望みを託すのは無精者です。


論理療法のよさは考え方や受けとり方(ビリーフ)つまり認知を変えるだけでなく、行動そのものを変える行動療法の発想もとり入れているところにあります。


ですから論理療法は認知・行動療法の代表例なのです。

状況変容の努力

状況変容の努力も必要です。


ビリーフさえ変えればすべての問題は解けると思い込んでしまったら、それは精神主義です。


こじつけになることがあります。


それゆえ事実そのものに体当たりして、事態の変容を試みた方がよいことがあります。


来事(A)を変えないでビリーフを変える方が物理的には楽です。


しかし、場合によっては気休めていどの解決にしかならないことがあります。


英会話のできない青年が「英語が話せるにこしたことはない」「英語を話さねばならないということはない、通訳を秘書にできる身分になればよいのだ」と考え方を変える方法もよいが、英会話学校に通うのもいい方法です。

心の訓練 

こんにちは。こんな例があります。


「父は私を愛していません」というのはいかにも事実を語っているようであるが、これは解釈(推論)です。


「父は私に送金してくれません」なら事実の記述です。


倒産したから送金しないのかもしれない。


そこで概していえば、ラショナルな文章記述は「である」という断定が少なく、「という場合が多い」とか「・・・ならばとなる確率が高い」といった事実を記述する表現になることが多い。


以上ABC理論のなかのB(ビリーフ、文な記述)を修正して悩みから脱却する方法を説明した。


しかし、すべての問題がBの修正だけで解けるわけではありません。


Aそのもの、出来事そのものを変えた方がよい場合もあります。

信頼と仕事 その3

業績が悪くて元気がないというよりは、人がよくておおらかな社風が、社員たちを「いちいち挨拶しなくてもいいや」という気分にさせていたのかもしれません。


ともかく、朝の挨拶もまともにしない雰囲気が、彼には我慢なりませんでした。


これから会社を立て直そうという大事な時期なのに、これでは士気が上がりません。


そこで彼は自ら、毎朝「おはよう運動」を始めたそうです。


何やら小学校の校長先生が言い出しそうなスローガンですが、どんなに幼稚に思えることでも、人間にとって大切なことは小学校でも大企業でも同じです。

信頼と仕事 その2

たとえば朝、会社に出勤したときに、自分がどんなふうに同僚や上司と挨拶を交わしているか思い出してみてください。


大きな声で、明るく「おはようございます」と言っている人は意外に少ないはずです。


彼が入ったころのアサヒビールもそうでした。


就任早々で彼の顔を知らないせいもあったのでしょうが、エレベーターに乗り込んでも、誰も挨拶をしようとしない。


彼だけでなく、途中で誰が乗ってきても、まるでデパートで見知らぬ人と一緒になったような雰囲気で、じっと黙っているのです。

信頼と仕事 その1

自分の殻に閉じこもっている人は、誰からも信頼してもらえません。


「壁」の向こうに何があるのか見えなければ、相手のことを理解できないのも当然でしょう。


その「壁」を打ち破るのにまず心がけなければいけないのは、「大きな声で挨拶をすること一だと彼は思います。


最近の親はどうだかわかりませんが、昔の親は子供に対して、いつも「ちゃんと挨拶をしなさい」と口うるさく指導したものです。


それが人間関係の基本だということをよく知っていた独り立ちした社会人に向かって「挨拶をしなさい」と言うのは、やや気が引けるところもありますが、それができない人が多いのですから仕方ありません。

ミニ知識☆ その8

★レーキブースター

ドライバーがブレーキペダルを踏むと、ブレーキペダル、オペレーティングロッド、ブレーキブースター、プッシュロッド、マスターシリンダーの順で力が伝達されます。

ブースター部分は、ダイアフラムで仕切られた圧力室が2室あって、.ブレーキングしていないときには、ともにエンジンからの負圧が作用していて、圧力差はない状態が保たれています。

しかし、ブレーキを踏むとオペレーティングロッドに取り付けられたバルブが働いて、負圧をカットし大気を導入する。

それで、両室に圧力差が生まれサーボ効果が働く。

魔神

北海道旅行で知りましたが、神居古潭などという漢字をあてているが、いうまでもないアイヌ語だそうです。


カムイは神、コタンは部落のことだから、神の村とでもいうところだろう。


旭川付近のが函館本線の車窓からも見えるためだろうか、最もよく知られていて、今では観光地になっているが、椎耀と小機の間の張礁トンネル付近にもカムイコタンという地名があったし、十勝の佐幌川沿いにもあった。


更科源蔵の『アイヌの神話』には、カムイコタンとよばれる場所は、天候が急変するところだったり、川の中で岩が多く舟の難所であったりすることを指摘し、知里真志保の「神とは、昔は魔性のある存在ではなかったか」という説を紹介しています。